ゴミ山

しがない一次創作者の設定の吐き溜め。微エログロ含みます。特殊性別、奇形など。

無題

「貴方はもっと頑張りなさい」
ずっとそう言われ続けてきた。私は、生まれつき周りの人達よりずっとできなかった。勉強も苦手だった、運動も得意じゃなかった、手先は不器用だった。だから私の周りには誰もいなかったし、友達もいなかったし、時には馬鹿にされた。昔は思っていた気がする。頑張ればいつか絶対努力は報われる、いつか見返すんだと。
私が異変に気付き始めたのは、妹のミランダが小学校に入り始めた頃だ。ミランダはとにかく優秀な子供だった。頭は良かったし、運動もできたし、何より要領が良かった。
「凄いね」と友達。「偉いね」と先生。「よく頑張ったね」とお父さんとお母さん。皆、口を揃えてミランダを褒めた。天才だと、そう呼んだ。
逆に私は、よく比べられるようになった。
「どうしてこんなことも出来ないの?ミランダはすぐ出来たのに」
「姉さんなのにだらしないぞ、もっとミランダを見習え」
「貴方はお姉ちゃんでしょ、ならミランダよりちゃんとできないと」
「努力が足りないんだ、もっと頑張れ」
私は頑張っていたつもりだったけれど、それでも足りないと言われた。だから私は頑張った、頑張ればミランダみたいになれると信じていたのだ。あの頃は。

今日は帰ってきたテストの点数が良かった。漸く努力が報われた気がした。だからお母さんに自慢しようと思ったんだ、私はこんなに頑張ったんだって、だから褒めてと、そう伝えたかった。
「お母さん、私、テストで初めてこんなにいい点数を取ったんだ。私、頑張ったんだよ」
だから、褒めて
「そう」
そうお母さんが微笑んだ。柔らかくて、あたたかい手が私の頭を撫でた。
「よかったわね」
それだけだった。
思考が停止した。頭の中が真っ白になって、全てが抜け落ちていく気がした。

「ただいま!」
ミランダ、おかえり。テストどうだった?」
「うん、全部満点だったよ」
「本当に?よく頑張ったわね、ミランダ」

私は逃げるように部屋に戻った。
もう1度握りしめたテストを見返した。私は頑張ったけど、頑張ったことは結局誰にも見られていなかった。努力したはずなのに、その努力を見返すのが辛くて、そのテストをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。ミランダが部屋に入ってきたけど、一言二言、何か言いかけて出ていった。その瞬間、私の心の中には何か、痛くて苦しい、どろどろとした何かが広がっていった。

「…姉さん、一緒に帰ろう?」
次の日の放課後、ミランダはそう声を掛けてきた。けれど私は無視して、黙って歩き続けた。私は背が大きかったから、ミランダはその後ろを小走りになって着いてきた。
「ねぇ、姉さん、待って、待ってよ」
その声が、私に付き纏うその顔が、ひたすらに煩わしく思えてしまった。
「…もう、私に付き纏うのはやめてくれ」
頭の奥で、私をせき止めていた何かが壊れる音がした。
「…ミランダはずるい。ミランダばっかりお父さんとお母さんに愛されて、ずるい。私だって頑張ってるのに、お父さんとお母さんは私のことを見てくれない」
「ね、姉さん、そんなこと、」
「違う、違う!ミランダの、ミランダのせいだ。ミランダがいるから、私のことは誰も見てくれないんだ。ミランダなんて、嫌いだ!」
洪水のように、どろどろとした感情が零れ出て、柄にもなく大声を上げて叫んで、涙が勝手に流れてきた。
居なくなればいいのに、そう一瞬でも思ってしまって、はっとしたときミランダは目を見開いていた。信じられない、そんな顔だった。私はどうすればいいかわからなくなって、その場から逃げ出した。
それからどうしていたのかはあまり覚えていない。ただ本当に、私は最低だと思った。ミランダは悪くない、私が出来ないのが悪いのに、それをミランダに当たってしまった。けれど謝ろうとしても上手く声が出なくて、一言も会話を交わさないまま夜になった。ベットに潜り込んでも、ミランダの事が気掛かりで眠れなかった。
そうしてベットの中で丸くなっているうちに、少し喉が乾いたから、水を飲もうとリビングへ向かった。リビングには明かりがついていて、お父さんとお母さんの話し声が聞こえた。…私はドアにそっと近づいて、耳を傾けた。
聞いてはいけない、そう警鐘を鳴らしていたが、聞いてしまった。
「…それにしても、どうしてオードリーはあんなに出来ないのかしら。同じ姉妹なのに、ミランダとは大違い」
「2人を比べるな、だってミランダは特別なんだから」
私の中にある何かが壊れた。鈍器で思い切り後ろから殴られて、私という存在そのものが全て潰れた気がした。
私のしてきたことは全て無駄だったのだ、私のした努力は全て意味がなかったのだ。だって初めから、私は期待されてなかったのだから。
どれ程努力しても、私はミランダにはなれないんだとそう現実を突きつけられて、私はお父さんにもお母さんにも愛されないんだと気付いて、私はただ、静かに涙を流した。

「ごめん、ミランダ。昨日は酷いことを言って」
「…ううん、私こそごめんね。姉さんがそんなに苦しんでいたなんて、私気付かなくて…本当にごめんね」
「いいんだ、ミランダ。ミランダが褒められたら私も嬉しい、だからもっと、これからも頑張ってくれ」
私は一生、役立たずのままでいようと思った。私が暗ければ暗いほど、ミランダはより1層眩しく、明るく見えるんだ。引き立て役でも構わない、一生誰にも愛されなくても構わない。
だってミランダは私の大切な妹なんだから。

無題

ミランダは天才ね」
それがいつも私に向けられる言葉だった。自分で言うのも何だけれど、私は昔から勉強は得意だったし、運動も得意だったし、要領がよかった。幼心ながら、私は周りの皆より優れているんだと悟っていた。友達は皆、私を凄いって言ってくれたし、先生は偉いって褒めてくれたし、お父さんとお母さんは頑張ったねって褒めてくれた。子供の頃の私は、皆にちやほやされて、持て囃されるのがただ嬉しかった。だから頑張った。頑張れば、皆が褒めてくれるのが当たり前だったから。
何より姉さんが褒めてくれるのが嬉しかった。
ミランダはいつも頑張ってて、凄いなあ。自慢の妹だよ」
大好きな姉さんにそう褒められて、私は鼻が高かったし、もっと頑張ろうと思った。
だから気付かなかったのだ、姉さんがどれだけ苦しんでいたか。

異変に気付き始めたのは、小学校に入り始めた頃だ。お父さんもお母さんも、姉さんを褒めなくなった。いや、褒めていないわけじゃなかったけれど、私と明らかに態度が違っていた。私のことは「凄いね」とか「よく頑張ったね」とか、そう褒めてくれるのに、姉さんはどれだけ頑張っても褒められなかった。確かに、姉さんは人より凄いとは言えなかったかもしれないけど、姉さんは頑張っていた。それは私が何より知っている。なのにどうして、姉さんのことは頑張ったねって、褒めてあげないんだろう。私はただ首を傾げた。

そして少し後の話、私たちは別々に帰った。いつもは一緒に帰っていたけれど、私は友達に誘われたし、姉さんはテストの結果が良かったからお母さんに早く見せたいって、そう言っていたから私は姉さんより遅れて帰った。
「ただいま!」
ミランダ、おかえり。テストどうだった?」
「うん、全部満点だったよ」
「本当に?よく頑張ったわね、ミランダ」
そう私を褒めたお母さん越しに、俯いて立ち尽くす姉さんがいた。姉さんはどうしたんだろう、テストを見せたはずなのに。すると姉さんは俯いたまま、足取り重く部屋に戻っていった。
姉さんはベットの上で膝を抱えていて、見せたはずのテストは、ぐしゃぐしゃになってゴミ箱の中だった。
私はとっさに声をかけようとしたけれど、結局何も言えずじまいだった。どんな言葉をかければいいか、分からなかったから。私は部屋から逃げた。痛いほどの沈黙が、私を責めているような気がしたから。

「…姉さん、一緒に帰ろう?」
次の日の放課後、私は姉さんに声を掛けた。気まずかったけれど、何かを伝えたかった。けど姉さんから返事はなくて、黙って一人で歩いていってしまった。姉さんの1歩は大きい。まるで置いていかれる気がして、私は小走りになってひたすらに追いかけた。
「ねぇ、姉さん、待って、待ってよ」
ふと、姉さんの足が止まった。やっと聞いてくれた、そう思った。
「…もう、私に付き纏うのはやめてくれ」
私の足も、止まった。
「…ミランダはずるい。ミランダばっかりお父さんとお母さんに愛されて、ずるい。私だって頑張ってるのに、お父さんとお母さんは私のことを見てくれない」
「ね、姉さん、そんなこと、」
「違う、違う!ミランダの、ミランダのせいだ。ミランダがいるから、私のことは誰も見てくれないんだ。ミランダなんて、嫌いだ!」
ガツンと、頭を殴られて、ようやく現実に目が覚めた気がした。不思議だった、今までずっと姉さんと一緒にいて、姉さんのことは何でも知ってるつもりだった。なのに、姉さんがこんなふうに泣いてる姿を初めて見た気がした。そして姉さんは、走り去っていってしまった。
私を置いて
私は姉さんに置いていかれた
姉さんは私のことが嫌いだ
姉さんは、
姉さん

それからどうやって私が家に帰ったのか、覚えていない。ただ、本当に、私は最低だと思った。姉さんの苦しみも知らず、一人でのうのうと生きて、愛されて。私は馬鹿だ、大馬鹿だ。姉さんのことを何でも知ってるつもりで、何も知らなかった。私のせいで姉さんは苦しんだ、私の。私は一人ベッドの中で、声を押し殺して泣いた。姉さんはいつもこんな気持ちだったんだ、そう気付いて、心が痛くて、悲しくて、私は。

「ごめん、ミランダ。昨日は酷いことを言って」
姉さんが謝ってきた。昨日の気まずさが、嘘みたいに。
「…ううん、私こそごめんね。姉さんがそんなに苦しんでいたなんて、私気付かなくて…本当にごめんね」
「いいんだ、ミランダ。ミランダが褒められたら私も嬉しい、だからもっと、これからも頑張ってくれ」
うん、私、頑張るよ、姉さんのために。私の全ては姉さんに捧げよう、私は姉さんのためだけに頑張ろう、私は姉さんを守るために何でもしよう。
これは今まで馬鹿に生きてきた私がしなくちゃいけないことだ。今まで私が与えられてきた愛よりももっとたくさんの愛を、姉さんに。例え私が死んでも構わない。
だって姉さんは私の大好きな姉さんなんだから。

語り継がれた英雄譚 14話

―国立狩人育成学校。読んで字の通り、狩人になる為の知識を学ぶ教育機関である。10を超えていれば誰でも入学することができ、国の支援の元、8年間の就学の末に最終的には卒業と同時に狩人の身分証明徽章を与えられ、初めて狩人を名乗ることを許される。
入学して3年はオーウォーランク、次に3年間はプルスランク、最後はアウェスランク、と入学してからの経験、知識、履修内容によってこのランクに分けられ、その中でまた1期生、2期生3期生と区別される。一期生につき3クラスに分けられ、座学成績により上からA、B、C、となる。
プルスランクからは「専攻」と呼ばれるコースを選択する。刀剣専攻、打撃専攻、射出専攻、長柄専攻、武術専攻、魔法専攻…と自分の能力に最も適した力を身につけるのだ。


「サンザシは、魔女の木と呼ばれる。その魔力は、蜂や蝶や小鳥、妖精を惹きつけるんだ。だから道を知る魔法、妖精の幻覚を見破る魔法など、妖精を呼び出し、その力を借りる為によく使われる」
初夏のぎらぎらと突き刺すような日差しが教室内に注ぐ。開け放たれた窓から吹き込む風は、とうに涼しさを乗せたものではなく、熱を纏った生暖かい空気だ。窓際二番目、後ろから二つめの席。重さを感じさせるような熱い風に、僅かに揺れる青髪と耳飾りがあった。机の上に広がる教科書とノート、ただし紙の上には放射状に青い髪の毛が散乱し広がっている。
「次にこれはヘンルーダ。低木のハーブで、コカトリスバジリスクなどの石化魔法を解除し防ぐ力が―おい、レミィ」
教鞭を取っていた大人が、板書をしている生徒達を見渡し不意に動きを止める。普段から「猛禽類のようで怖い」と称される細く釣り上がった目は更に険しく、眉間にしわが寄っていた。その視線の先にいるのは、青い髪の少女。
「…おい、レミィ!起きろ!」
食後の、少し微睡みのある穏やかで緩やかな空気を、びりびりと圧力のある重低音が打つ。微睡みの波の中船を漕いでいた数人の生徒が、雷に怯える子どものように反射で身体を跳ねさせる。レミィも例外ではなく、「はっ!?ひゃい!?」…と情けない、寝惚け声を上げて、机に突っ伏していた頭を一気に上げた。
「…おい、レミィ。俺の薬学の授業で寝るとはいい度胸だな。」
細い、脅迫するような目で睨まれ、レミィはまさに蛇に睨まれた蛙だった。
「へっ…あっ…すいません…」硬直し視線を逸らすこともできなかった。何か冷たいものが背筋を伝うのを感じながら、乾いた唇からか細い謝罪の声を零した。
「前の授業の時も寝やがって!お前の評定下げてやるからな!」
「そっ…そんな…!ただでさえテストはいい点数取れないのに…!」
「自業自得だ!」
すっかり気落ちし、外の暑さにふさわしくないほど顔を青ざめたレミィと、そんな二人のやり取りを見て悪意の篭らない、軽い笑い声が教室に響く。
「全く…。さて次は…バーチについて解説する」そういった途端、空気が震えた。物々しい、陰気な風がじっとりと皮膚を這いずり、湿った綿のように重い雲が太陽を覆った。もう獅子の月だというのに、吹き込んでくる風はじんわり生暖かく、それでいて氷のような冷たい悪意を運ぶ。
誰もが、不安にざわめいた。ただの杞憂であってくれと願った。しかし現実は、残酷にも告げられた。
「学校領域内に、不特定多数の魔物の出現を確認した」

6月の鴉 『物語の登場人物の死』

あの6月の夜の出来事。少女と青年は出会った。2人は出会うべきではなかったのだ。ロンドンは、相変わらずの雨が降るともつかない曇り空。日のない街の中に教会の鐘の音が響き渡る。そして2羽の鴉が、遥か遠くへと羽ばたいていった。


月のない夜、フラットの石の壁と窓を銀の雨が叩きつける。
ここ、ウェストミンスターの街は雨に包まれていた。もう11時を回りそうだというのに、窓の外では車が行き交い、水溜りに映り込んだ街灯の光を溶かす。部屋の主―少女ロゼッタ・バーズリーはひとつ憂鬱を吐き出して、読みかけの本に栞を挟んだ。6月だというのに室内は水族館のようにひんやりとしていて、ロゼッタはクローゼットから薄手のカーディガンを取り出し羽織った。雨のせいだろうか、そこはかとなく身体が怠い。ほんの少し重い瞼をこすりながら、机に備え付けられたライトを消しベッドの中に潜り込んだ。窓からは、僅かに明かりが入り込んできて格子模様が映しだされる。それから目を背けるように、猫のように身体を丸めると布団を頭まで被った。世界を拒絶して、自分だけの城に閉じこもれば、聞こえるのは自らの心臓の音だけだ。一定のリズムを保って体内を駆け巡る血液、生の証。柔らかいベッドに沈んで、それに耳を傾けながら目を閉じれば自ずと先程まで読んでいた本の内容が反芻された。何度も読んだ本、主人公の女性が愛する男性と共に心中して物語は幕を閉じる。
主人公は、死が怖くなかったのだろうか。愛する男が隣にいれば幸せと呼べるのだろうか。愛する男を手にかけ、自らの頭を撃ち抜いた女の姿が瞼の裏に浮かび上がっては消える。死をもってして永遠の愛を誓った2人は穏やかに笑っていたと、そう書かれていた。
死とは救済だ、この理不尽で残酷な世界から逃れるための。しかし行き先は天国ではない、自殺とはキリスト教において罪とされる。救済を求めた先にあるのは救われようのない地獄だ。あの2人は真に救われたのだろうか。
少女はかぶりを振って考えるのをやめた。物語はフィクションだ、ただの紙の上の人物たちに思い馳せても仕方がない、馬鹿馬鹿しい。そう終止符を打って、眠りという普遍的無意識の大海に船を漕ぎ出した。

少女はふと、目を覚ます。意識が浮上する前に、雨がやんでいることを知った。布団から顔を出すと、部屋に柔らかな月の光が差し込んできているのが見える。外は静かで、街は夜明けの香りの微かにする透明な空気に包まれていた。
ふと、ロゼッタの耳に窓硝子をノックする音が聞こえた。コン、コンと、何者がが意図して叩いているようにも思えた。けれど床には、相変わらず格子だけがひっそりと影を落としている。
不思議に思い、身を起こして目線を窓にやれば、そこに彼はいた。
癖のある金髪に、海の底から水面を見上げたような碧眼。頬や鼻先にはそばかすが散らばっていて、薄い唇が弧を描いている。ただ、青年の身体は道路向かいのフラットを透かしており、月のライムライトに照らされた夜の中で輪郭がぼんやりと浮かんでいる。だが常識的に考えてそれはおかしい。なぜなら、ロゼッタはフラットの3階に住んでいるからだ。しかし彼女はさして驚いた様子もなく、それが当たり前というように自然に窓の前に立ち、窓の戸を開けた。
ロゼッタの赤毛が、目が覚めるほど輝く黄金の月に照らし出される。開け放たれた窓からは、冷涼な清い空気が部屋に充満し、そして仄かに、まだ雨の匂いがした。
少女と青年は出会う。2人の視線が交差して、重苦しいとも静寂とも呼べる、2人きりの世界が広がった。
「…貴方は、誰?」
青年の目が見開かれる。その驚きのままに、薄い唇から言葉がこぼれ落ちた。
「…驚いた。君には本当に僕が見えているのか」
「どうして私のことを知っているの?」
「ああ…やっぱり君の目に僕は映っていなかったようだね」
今度は演技たらしく、肩をすくめて溜息をひとつ。まるでステージの上の役者のように大振りに、恭しく頭を下げた。
「僕の名前はフレデリック・ボイド。君と同じロンドン大学、UCLで社会科学・歴史科学部の生徒さ。覚えてない?」
ロゼッタは口元に手をやり、記憶の中を思索する。数秒、情報を遡れば漸く合点がいった、というような顔をした。
「ああ…フレデリックさん。そう言えばいましたね」
「覚えててはくれたんだね。ああ、同学年なんだ、敬語は使わなくていいから」
「…じゃあ、フレデリック。どうして貴方は私の所へ?」
不思議そうな顔で、落ち着いたヘーゼルの瞳がフレデリックを見つめる。すると、青年の顔にさっと翳りがさした。
「ああ…それはね、君が幽霊が見えるって噂が立ってたからだよ。僕は今日死んだ。けれどこの通り、僕は幽霊になってる。君が幽霊が見えるとすれば、話ができるんじゃないかと思ってね。まさか本当に見えるとは、思っていなかったけれど」
「…ええ、まあ。見えるのはこの通り事実よ。けれどわからない。なぜわざわざ私なんかと話をしに?幽霊となった人は大抵、この世に未練を残している。それさえ解消してしまえば、貴方は神の元へと行けるはずよ」
フレデリックはそう言われ、苦虫を噛み潰したような、できれば言いたくない、というような苦悶の顔を浮かべる。視線が右往左往彷徨い、言葉を慎重に選んでいるようだ。
「ああ…それは、そうだね。けれど僕の未練は、そう簡単に解消しそうにないんだ。だから、協力を求めるとかじゃないけど…僕が神の元へいけるまでの間、話し相手になって欲しいんだ」
「…それはどうして?」
「うーん、強いていえば寂しいから、かな。僕の姿は君以外の人には見えない。存在しても認識されない。それが悲しくて、寂しいのかも。…勿論、迷惑だったら君を訪ねるのはやめるよ」
「いえ…別に…話し相手くらいなら。野外で話し掛けられるのは困るけれど」
フレデリックは安心したように、ほっと胸をなで下ろす。死人のそれと同様に、血色の悪い顔で微笑んだ。
「そうか、それはよかった。これからよろしく。なら僕のことは気軽にフレディと呼んでくれ。」
「…ロゼでいいわ。…ねえ、一つだけ聞いてもいい?」
「ん、何だい?答えられる範囲なら答えるけれど」
「死ぬのって怖い?」
凪いだ湖に小石を投げ込んだように、困惑と動揺、静寂の波紋がゆらめいて広がる。彼女は至って平然としていて、その瞳が揺らぐことはない。フレデリックは、瞳から実体のない暗い闇を覗き見たような気がして身体の芯が冷える思いだった。
「…いや、あまりに突然だったから、恐怖を感じる余裕はなかったよ。まさか死ぬとは思っていなかったし、唐突に後ろから突き落とされた感じ。それに僕は今確かにここにいて君と話をしてる。正直に言うと、あまり死んだっていう実感がないんだ。…どうかな、君の知りたいことには答えられなかったけど。ごめんね」
「…そう。いいえ、いいのよそれで。ただ、少し気になっただけだから」
2人の間を、しっとりと肌寒い風が通り抜ける。
「死ぬのってどうなんだろうって。ただそれだけ」
日常の影に張り付いて潜む、死という暗い深淵に彼女はそっと触れた。

語り継がれた英雄譚 13話

通りを右へ、左へ、と進むうちにやがて人通りは少なくなり、露店は消え、どこか閑静な雰囲気の路地へ入り込む。通りに比べて暗く陰気な空気で、窓に飾られた色とりどりの花だけが石の壁を彩っていた。
「ずいぶん人が少ない所だね…本当にここにお店があるの?」
「俺も何度かアトリアさんに連れられて入ったことがあるが…店主のフィーネさんは人混みも喧騒も嫌いな人だからな。腕は確かだが」
「へえ…」
路地を進み続けると、やがて<Tears of Mermaid>と人魚の形を模した錆びた蒼鉛の看板が見えた。木製のドアは使い古されたような色合いで、窓硝子は曇って中の様子はあまり見えない。<OPEN>と掛けられたドアを開けると、装飾の少ないドアベルがチリンと鳴った。店内は、表の寂れた様子からは想像もできないほど整然としていた。天井から吊り下げられた硝子のランプから降り注ぐライムライト、柔らかく足元を彩るタンドル式の赤い絨毯、ふわりと鼻腔を掠めるハーブの香り。台の上や棚、天井にまできっちりと商品が置かれ、店主の几帳面さを物語っていた。そして奥には、会計をするためのカウンターに腰掛け背を向けている一人の女がいた。
「…魔装飾品専門店<人魚の涙>へようこそ…ってなんだ、レイか。久しぶりだな」
振り返り、そう声を掛けた女はレイの姿を確認すると咥えた煙管の紫煙をふかした。隣にいるレミィに気付くと、じっとりと品定めをするような目つきで少女を見た。
「誰だ、その…ちんちくりんは。新入生か?」
「今年度の狩人学校新入生で、俺の幼馴染みです。おい、レミィ」
ちんちくりんじゃない…と独り言ちていたレミィは、はっとしたように「あっ、はじめまして。レミィ・アレスです。あの、これアトリアさんからの紹介状です」と頭を下げ、手紙を差し出した。店主の女―フィーネは手紙を受け取り一瞥すると、さして興味なさそうに手紙をそのままカウンターの脇に置いた。
「えっ、手紙は読まないんですか」
「この蝋封を見ればあいつが書いたことくらいすぐにわかる。それに紹介状なんかなくても、私は店主でお前は客だ。断る理由はない」
カウンターの跳ね上げ扉を上げレミィたちの近くに立つと、ちらりとレイに目線をやった。
「で、今日は何が欲しいんだ?」
「こいつの魔力増加と、魔法耐性を上げる品をください」
「形状に希望は?オーダーメイドも受け付けてるが」
「いや、それはいいです。こいつは将来的には武術を専攻するので、邪魔にならないようなものならなんでも」
ふむ、と1度考え込む仕草をすると、思い立ったように窓際の棚に近づき一つの商品を手に取った。「これなんかどうだ」それは白銀の金具に雫型の宝石のついたイヤリングだった。宝石はレミィの瞳と同じ蒼い輝きをしてとろりと光を反射させ、海を閉じ込めてそのまま宝石にしたようにうつくしかった。
「きれい…」
レミィは目を輝かせながらイヤリングに顔を近付ける。余程気に入ったのだろうか、穴が開くほどじっとのぞき込んでいる。
「それにするか?」
「うん、これがほしい!フィーネさん、これ買います!」
「5800メルクだ」
「えーと…1枚…2枚…」
「待て、レミィ」
袋から硬貨を取り出そうとしていると、レイが静止をかけた。不思議に思ったレミィがレイに目線をやると、レイはおもむろに懐から鞣し牛革の財布を取り出し、硬貨を数枚フィーネに差し出した。
「1、2…たしかに5800メルクだ。まいど」
置いていかれたように、2人の会話をぽかんと眺めているレミィ。フィーネがレイに商品を手渡すと、漸く状況を理解したように慌ててレイに声を掛けた。
「えっ、何で!?だっておれ、アトリアさんからお金もらってるし、レイが払わなくても…」
レイは言いづらそうに、そっぽを向いて頭をがしがしと掻くと「…まあ、入学祝いみたいなもんだ。随分遅くなったけどな」と言った。
そして少し屈んでレミィに目線を合わせると、手元のイヤリングをレミィの耳につけてやった。
「まあ、大変な事の方が多いだろうけど、これから頑張れよ」
ぽん、頭を軽く撫でられる。その感触に、レミィは思わず頬を紅潮させた。そして俯き、ただ一言小さく「ありがとう」とだけ言った。それで十分、というように「ああ」とだけ返し、フィーネに軽く礼を言うとまたドアベルの音を響かせながら2人は店の外へと出ていった。
「…そういうのは余所でやれ」
客のいなくなった店内で1人、フィーネは憂鬱と一緒に口から煙管の煙を吐き出した。

語り継がれた英雄譚 12話

「ねえ、レイ。どこへ行くの?」
エルドラドの首都、ヴァルゲンの街を2人の少年少女が行く。休日だからであろうか、大通りは行き交う人々の熱気で満たされ、露店が所狭しと並び、活気と華やかさに溢れていた。
「お前の魔装飾具を買うんだ。…この間の魔法基礎の授業の後でアトリアさんに言われなかったのか?」
中心街を離れて、通りを右に。熱気は冷めていったものの、大通りとはまた違う、落ち着いた生活感のある賑やかさが漂っていた。
「あ…そういえば言われていたっけ。すっかり忘れてた」
「全く…アトリアさんの言った通りだ。声を掛けてやってよかった」
「あはは…ごめん」
申し訳なさそうに、眉を下げて情けなく笑う。その笑顔を見て、やれやれとレイは一つ溜息をついた。

時は遡ること、一昨日の狩人学校での魔法基礎の授業の時の事である。魔法基礎教諭は、レミィの家主でもあるアトリアが務めていた。その授業が終わったあと、アトリアはこっそりレミィを呼び出していた。
「ねえ、レミィちゃん」
「何ですか?アトリアさん」
さも不思議そうに、青い硝子玉のような大きな目をきょとりとさせて首を傾げる。アトリアは言い淀むように視線を彷徨わせ、観念したように肩をすくめると口を開いた。
「あのね、レミィちゃんには魔装飾具をつけて欲しいの」
「魔装飾具っていうと…魔力を高めたり、魔法を防いだりするための、魔力が込められた装飾品のこと、でしたっけ?でも、なんでおれが?」
「ええと…はっきり言うとね、レミィちゃんは魔力量が少なすぎるの。こんなに少ないのは、私も初めて見たわ」
「魔力量が少ないと、だめなんですか?おれ、どうせ専攻は武術にするつもりだし…」
どう説明するべきか、思索して紫の瞳が宙を泳ぐ。ええと、と言い詰まったような声を何度か上げて、漸く考えがまとまったようにまた視線がぶつかった。
「まず、魔力が少ないと必然的に使える魔法も限られてくるわ。レミィちゃんの魔力量じゃ、初級魔法が数回使える程度なのよ。もう一つ重要なのは、体内の魔力量が少ないと魔法への耐久も落ちてしまうことよ。魔物の大半はその攻撃の多くに魔力が込められているわ。そしてそれは『魔王』であっても同じこと…つまりね、レミィちゃんは圧倒的に不利なのよ。魔法攻撃をされたら、レミィちゃんはすぐに倒れてしまうわ」
「えっ、そ、そんな…じゃあおれ、魔物に勝てないんですか…」
「…今のまま、だったら狩人にはなれないわ。だから魔装飾具をつけて、魔力量の増加と耐性を上げて欲しいの。これは他でもない、レミィちゃん自身のためなのよ」
するとアトリアは、スカートのポケットから蝋封のされた手紙と、手書きで記された小さな地図と、華美な装飾のされた布製の袋を取り出した。袋の中ではチャリ、と金属の擦れる音がして、中に硬貨が入っていることが簡単に推測できる。
「ヴァルゲンに、私たちもよく利用する魔装飾具専門店<人魚の涙>というお店があるわ。この手紙を渡せば、私の知り合いだと分かって、きっと色々と教えてくれるはずよ」
「ヴァルゲンの…<人魚の涙>…」
2枚の紙と袋を受け取ると、レミィは地図をじっと見つめ睨み合いをした。
「休日が不定だからなんとも言えないけれど…多分今週はお店はやっていると思うわ。だからできるだけ早く、<人魚の涙>に行ってね」
まるで戦いなど知らぬような、白いなめらかな手がレミィの頭をさらりとなでる。
「約束よ、レミィちゃん」

語り継がれた英雄譚 11話

レミィがエルドラド王に謁見したその日から、少しずつではあったものの、少女は変わっていった。いや、元に戻ったという方が正しいだろうか。村の子どもにも会うようになり、長く行くことのなかった学校にも行くようになった。病的に白く、細かったあえかな身体はみるみるうちに健全さを取り戻し、あの闇を何も知らないような眩しい笑顔を見せるようになった。
ただ、少女を取り巻く環境は変わっていった。「また、いつ魔王に襲われるかわからないから」とアトリアが心配し、事情を説明した一部の人間や、アトリア自身によって常に監視されるようになったのだ。常に誰かの視線が付き纏うことは檻の中の動物のような気分だった。肌の上を藪蚊が歩きまわっているような不快さがあった。ただ、それがアトリアの優しさによるものだと知っていたからこそ、突き放すでもなく諦観していた。食べたくもない甘いケーキを呑み下すような、生あたたかい優しさでもあった。そうして一年、やがて二年と月日は流れていった。
「おれ、狩人になりたいんだ。お父さんやお母さんみたいな。そんな凄い狩人に」
やがて子どもは、芽吹く若葉の如くゆっくりと、確実に成長していく。


「…以下、73名。国立狩人育成学校への入学を許可する」
空は澄んだ浅瀬の青、肌寒さのまだ残る、冬の朝のようなきっぱりとした春の日のことだった。「狩人」を志す青く若い芽たちが此処「国立狩人育成学校」への門を叩いた。魔物の蔓延るこの世界では、狩人とは立派な国職だ。ここで狩人のあらゆる術と知識を学び、卒業して初めてその印を押され、正式に狩人を名乗ることが出来る。少女、レミィ・アレスもその一人だ。だが、誰にとっても初めての環境というのは借りられた猫のように落ち着かないものである。新緑の匂う風が心を通り抜けていったような、慣れない環境と新しい出会いへの不安と憂いを澱ませていた。
「おれ、レナード・オーウェン!お前の名前は?」
誰もがよそよそしい空気を肺に入れて沈まる中、それらを意にも介さないような声で話しかけてくる一人の少年がいた。金管楽器のようによく通る快活な声で、直射日光をそのまま浴びさせるような勢いの口調、朝を告げる鶏の鳴き声のようでもあった。
「おれの名前はレミィ・アレス。えっと、これからよろしく」
「おう!よろしくな、レミィ!」
これがレミィにとって狩人学校での初めての出会いであり、初めての友人だった。明るく元気のいい二人はよく気が合うのだろうか、すぐに打ち解けた。身体を動かして遊ぶのが好きであったり、勉強が苦手であったり、共通点はさらに二人の仲を強めた。一日、一週間、一ヶ月とするうちに、初めは近寄り難かった同級生たちの距離もみるみる近付いた。春先の杞憂も消え、友人たちとの生活を楽しみながらも、レミィは自分があの「英雄」であるという事実を告げることはしなかった。こんなに仲のいい友人たちに嘘をついているのだと、後ろめたさがささくれのように心を蝕み続けていた。