ゴミ山

しがない一次創作者の設定の吐き溜め。微エログロ含みます。特殊性別、奇形など。

語り継がれた英雄譚 13話

通りを右へ、左へ、と進むうちにやがて人通りは少なくなり、露店は消え、どこか閑静な雰囲気の路地へ入り込む。通りに比べて暗く陰気な空気で、窓に飾られた色とりどりの花だけが石の壁を彩っていた。
「ずいぶん人が少ない所だね…本当にここにお店があるの?」
「俺も何度かアトリアさんに連れられて入ったことがあるが…店主のフィーネさんは人混みも喧騒も嫌いな人だからな。腕は確かだが」
「へえ…」
路地を進み続けると、やがて<Tears of Mermaid>と人魚の形を模した錆びた蒼鉛の看板が見えた。木製のドアは使い古されたような色合いで、窓硝子は曇って中の様子はあまり見えない。<OPEN>と掛けられたドアを開けると、装飾の少ないドアベルがチリンと鳴った。店内は、表の寂れた様子からは想像もできないほど整然としていた。天井から吊り下げられた硝子のランプから降り注ぐライムライト、柔らかく足元を彩るタンドル式の赤い絨毯、ふわりと鼻腔を掠めるハーブの香り。台の上や棚、天井にまできっちりと商品が置かれ、店主の几帳面さを物語っていた。そして奥には、会計をするためのカウンターに腰掛け背を向けている一人の女がいた。
「…魔装飾品専門店<人魚の涙>へようこそ…ってなんだ、レイか。久しぶりだな」
振り返り、そう声を掛けた女はレイの姿を確認すると咥えた煙管の紫煙をふかした。隣にいるレミィに気付くと、じっとりと品定めをするような目つきで少女を見た。
「誰だ、その…ちんちくりんは。新入生か?」
「今年度の狩人学校新入生で、俺の幼馴染みです。おい、レミィ」
ちんちくりんじゃない…と独り言ちていたレミィは、はっとしたように「あっ、はじめまして。レミィ・アレスです。あの、これアトリアさんからの紹介状です」と頭を下げ、手紙を差し出した。店主の女―フィーネは手紙を受け取り一瞥すると、さして興味なさそうに手紙をそのままカウンターの脇に置いた。
「えっ、手紙は読まないんですか」
「この蝋封を見ればあいつが書いたことくらいすぐにわかる。それに紹介状なんかなくても、私は店主でお前は客だ。断る理由はない」
カウンターの跳ね上げ扉を上げレミィたちの近くに立つと、ちらりとレイに目線をやった。
「で、今日は何が欲しいんだ?」
「こいつの魔力増加と、魔法耐性を上げる品をください」
「形状に希望は?オーダーメイドも受け付けてるが」
「いや、それはいいです。こいつは将来的には武術を専攻するので、邪魔にならないようなものならなんでも」
ふむ、と1度考え込む仕草をすると、思い立ったように窓際の棚に近づき一つの商品を手に取った。「これなんかどうだ」それは白銀の金具に雫型の宝石のついたイヤリングだった。宝石はレミィの瞳と同じ蒼い輝きをしてとろりと光を反射させ、海を閉じ込めてそのまま宝石にしたようにうつくしかった。
「きれい…」
レミィは目を輝かせながらイヤリングに顔を近付ける。余程気に入ったのだろうか、穴が開くほどじっとのぞき込んでいる。
「それにするか?」
「うん、これがほしい!フィーネさん、これ買います!」
「5800メルクだ」
「えーと…1枚…2枚…」
「待て、レミィ」
袋から硬貨を取り出そうとしていると、レイが静止をかけた。不思議に思ったレミィがレイに目線をやると、レイはおもむろに懐から鞣し牛革の財布を取り出し、硬貨を数枚フィーネに差し出した。
「1、2…たしかに5800メルクだ。まいど」
置いていかれたように、2人の会話をぽかんと眺めているレミィ。フィーネがレイに商品を手渡すと、漸く状況を理解したように慌ててレイに声を掛けた。
「えっ、何で!?だっておれ、アトリアさんからお金もらってるし、レイが払わなくても…」
レイは言いづらそうに、そっぽを向いて頭をがしがしと掻くと「…まあ、入学祝いみたいなもんだ。随分遅くなったけどな」と言った。
そして少し屈んでレミィに目線を合わせると、手元のイヤリングをレミィの耳につけてやった。
「まあ、大変な事の方が多いだろうけど、これから頑張れよ」
ぽん、頭を軽く撫でられる。その感触に、レミィは思わず頬を紅潮させた。そして俯き、ただ一言小さく「ありがとう」とだけ言った。それで十分、というように「ああ」とだけ返し、フィーネに軽く礼を言うとまたドアベルの音を響かせながら2人は店の外へと出ていった。
「…そういうのは余所でやれ」
客のいなくなった店内で1人、フィーネは憂鬱と一緒に口から煙管の煙を吐き出した。