ゴミ山

しがない一次創作者の設定の吐き溜め。微エログロ含みます。特殊性別、奇形など。

語り継がれた英雄譚 5話

腕の突き刺さった傷から血が流れ出てくる。テーブルクロスに入れたての紅茶を零したみたいに、レミィの真白のシャツに赤が染み込んでいき、やがて足元に赤い水溜りを作っていった。

レミィは苦しそうな呻き声をあげ、痛みに耐えるように俯いた。息を吐き出そうとすると、せり上がってきた血液が唇から零れ、口元を真っ赤に染めた。レミィが顔を上げたそのとき、魔王は戦慄した。相当な痛手を負っているはずなのに、逆に殺されてしまいそうな程の威圧感を放っていた。レミィの目にはただ、殺してやる、という憎悪だけが渦巻いていた。

まずい、と思った瞬間、魔王の顔左半分が吹き飛んだ。腕がさらに内蔵に食い込むのも躊躇わず、足を前に踏み出し殴りかかったレミィの拳が直撃したのだ。魔王は思わず後ろに仰け反り、耳に残る不快な音を立てて腕を引き抜いて呻いた。レミィは急な体重移動に倒れ込みそうになりながら耐え、魔王を睨みつけた。魔王は無くなった顔半分を抑え込みながら「…ここは一旦引く。だがゆめゆめ忘れるな、俺はいつでも、お前の命を狙っている」と吐き捨て、手元から広がる暗い闇に溶けるように消えていった。

その場から魔王が消えてもなお、レミィの激昂は収まらなかった。獲物を探す肉食獣のように、消えた魔王を探して、穴の空いた身体を引き摺りながらよろめき歩き出した。流れ出る血は留まることを知らず、歩く度にそこら一帯を血の川に変えた。

誰もがその姿に戦慄し、畏れた。木桶をひっくり返したような激しい雨の音だけが響いていた。

「レミィ!!!」

突然の雷鳴のように、少年の叫びが雨音を切り裂いた。それはすぐに物語の最後の行のように雨粒と共に地面に吸い込まれ消えていったが、確かに少女の耳に届いた。はた、と歩みを止めて振り返ったレミィのその目が、レイを移した。

「――」

僅かに口が震えたかと思うと、真赤な目は本来の青玉と鮮やかさを取り戻し、やがてレミィは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。

レイは縺れる足でレミィの元にひた走り、膝を付いた。震える手で触れた頬は、雨のせいなのかそれとも命が尽きようとしているのか、井戸の水のように冷たかった。

「誰か!こいつを…レミィを助けてください!誰か!!」

雨はまだ、止みそうになかった。