ゴミ山

しがない一次創作者の設定の吐き溜め。微エログロ含みます。特殊性別、奇形など。

語り継がれた英雄譚 6話

レミィは瞼を開けた。視界にいつもの木の天井ではない、白く汚れ一つない絢爛な模様の描かれた天井が広がる。あれ、と不自然に思ったレミィは、まだ寝ていたいと主張する身体を無理やり起こした。その瞬間、腹部に刺すような激しい痛みが電撃のように走った。その電撃は爪先から脳天まで一瞬にして駆け巡り、まだ泥濘の底にいたレミィの意識を一瞬にして引っ張り上げ、覚醒させた。じわじわと広がる痛みと熱、その中で脳裏に赤がよぎった。忘却のベールを剥いでみれば、肉親の死体と異形の男、まるであの雨が今も降り注いでいるかのように鮮明に全てが思い出せた。

 少女は頭を抱えて叫んだ。とても大きな悲しみと憎しみの感情のうねりがレミィを飲み込んだ。 

その耳を裂くような、痛々しさを纏った慟哭は屋敷中に響いた。その残響がまだ糸を引く中、大きな足音を立てながらレミィの部屋まで走ってきた。

「レミィちゃん!」

勢いのままにドアを開け、部屋に雪崩込んできたのはアトリアだった。顔面を蒼白にし、急いでレミィの元へ駆け寄った。

「…いやだ……いやだよ…おかあさん…」

生まれたての小鹿のようにその細い身体を震わせながらレミィは譫言のように呟いている。いやだ、こわい、と。

アトリアにはその姿がとても弱々しく、小さなものに見えた。信じたくなどなかったあの英雄の姿とは程遠い。思わずその細い体躯を引き寄せて抱き締めた。

「レミィちゃん…ごめんなさい……」

その謝罪が何へ向けられたものなのかは分からない。あの場にいながら両親を失ってしまったことなのか、それともこれからとても重く、厳しい運命を背負わせなければいけないことへなのか。ただその震える身体が余りにも頼りなかったから、支えてあげなければと思ったのだ。

レミィはサファイアブルーの双眼を目一杯見開いた。アトリアの心臓の音が、肌を通して静かに伝わってくる。一定のリズムに次第に聞き入りながら、今はもう亡き母親の暖かさが自分を包み込むのをレミィは確かに感じた気がした。レミィは泣いた。もう針のような叫び声も、身体が震えてもいない。ただ心音の揺り篭に揺られながら、淡い菖蒲色のサージに染みをつくっていった。