ゴミ山

しがない一次創作者の設定の吐き溜め。微エログロ含みます。特殊性別、奇形など。

語り継がれた英雄譚 10話

「……おれに、戦えって言うんですか」

その場の者全員がレミィに視線を向ける。静まり返った部屋の中、ただ一つの亀裂が入った。

「また…あの男に。魔王に。…そんなの、いやだ。魔王は、おれの、お父さんとお母さんを殺した…!あの日からずっと夢に見る!」

突然押さえつけられていた感情の蓋が開いたように、息せき切って、激情して半ば叫ぶように話し始めた。

「お父さんとお母さんは魔王に殺された!2人だけじゃない、シンシアも、ベンも、ダリルも!皆、殺されたんだ!おれは、魔王が憎くて憎くてたまらない!」

吐き捨てるように言い切り、肩で息をしている。やがて息が整うと、意気消沈したように深く項垂れた。

「…憎いのに、怖くて仕方ない。魔王も、自分自身の力も。…おれは、英雄みたいに魔王を倒す力も、勇気もありません。…おれには…むりです…」

まるで骨と皮のような、細く白い不格好な自らの身体を塞ぎ込むように抱きしめ、震える姿は到底、英雄には見えるものではない。

ただの、1人の少女であった。

閉塞的な、窮屈でさえある静寂が訪れる。誰も何も語りはしない、まるで首を真綿で絞められているかのようだ。その中でも、1人立ち上がった者がいた。夜明けのように柔らかい、藍色に染められたビロードを身にまとった女―処女宮のバルゴだ。

その身体に見合わないほど、大きな椅子の中で震えるレミィに近付き、そして柔く抱きしめた。腰まである長い髪が、少女の頬を僅かに擽る。

「どうか、私たちの傲慢を聞いてはくれませんか」

絹布で包まれているような柔らかな、それでいて竪琴の最後の響きのような哀しさを孕んだ声で、優しく語り始めた。

「あなたは、英雄です。魔王が再びこの世に現れた今、魔王を止めることが出来るのはただ一人、あなただけなのです。私たちはこの国の宰相として、王としてこの国を守らなければならない。それが、あなた一人に重圧を背負わせる結果になったとしても。…私たちをいくら憎んでも構わない。けれど、どうかこの願いを聞いてほしい。どうか、どうか…この世界を救ってください。この国のためじゃなくてもいい、あなたの…愛する人のために、あなたの世界のために、どうか立ってください。」

小さな両手をそっと、陶器のように滑らかに包み込み瞳を合わせた。

「あなたのこの小さな手、あなたのこの細い腕。あなたは、この世界の闇そのものに立ち向かう力と、それに相応しい輝きを持っている。…あなたしか、あなたの世界を守れる人はいないのです。どうか、どうか…」

まるで懺悔をしているようだった。掲げたその両手に跪き、ただ聖歌を捧げるように細々と語った。

「…あいする、ひと」

目を開かずとも、目を瞑らずとも心に浮かぶ。今は亡き父と母、共に野を駆け回った友、いつも親切にしてくれた村の大人たち…そしていつも、今も隣にいてくれるアトリアと、レイ。

「…こんな、小さいおれの手でも。…お父さんとお母さんを失ったこの腕でも…おれの世界が、おれのあいするひとを守れるのなら」

ふと、物憂げに伏せていた瞳を上げる。その目には、不安定で朧気で、それでも確かな光が滲んでいた。

「…おれが、守れるなら。…おれは、戦います。この身を賭してでも、おれは魔王と戦います」

その場の者たちは皆、その痛いほど鮮やかな青に、確かに英雄を見た気がした。


レミィたちがいなくなった部屋の中、一人の宰相がふと、声を上げた。

「…大丈夫だろうか、あの子どもは。英雄とはいえ、些か幼すぎたのではないか」

「それでも」

バルゴの目には、凪いだ海のような静けさの悲しみが称えられていた。

「全て背負わせるしかないのです」

まだほんの少し冷たい、春の風が窓を叩いては去っていった。